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文に化すると書いて、文化 〜コンセプトを文章で載せている理由〜

VOL.54




おはようございます〜こんばんは。高山です。


ご挨拶も早々に、明けまして2記事目になりますが、固かったり明るくもない内容が多かったなぁ、何より記事数激減していた。というところで、明るく面白い内容をそろそろと思ってはいるのですが、明けまして2記事目は襟を正すような内容がたまたま毎年恒例になっていた弊ブログですので、マジメめな内容をいってみたいと思います。


こちらタイトルの通りなのですが、なんというのかクリエイティブに関する人間は最も大きい括りで言うと『文化従事者』だと思うのだけど、読んで字の如く、文化って、【文に化する】と書いてあります。英語で言うと、もちろんカルチャー。もう少しポップに聞こえるのは何故だろう。建築って固く見られがちだけど、建築もカルチャーです。音楽もカルチャー、ファッションもカルチャー。カルチャーなんですよみなさーん!Hey yo wassap men ?! big up bro!うん、そういうのより固いのは固いけど。さておき。


設計事務所に寄るのだけど、個々のウェブサイトには有名無名の有象無象に、事務所それぞれにそれぞれのスタイルで、プロジェクトの写真や図面などを載せたり、文を載せてたり載せてなかったりもするのですが、うちはすべからく全ての案件に文章でわりとしっかりにコンセプト、つまり設計趣旨・デザイン趣旨を載せています。


何故あるいはどのようにしてそのように設計・制作をしたか。


で、これなんで?というところ。


故磯崎新氏も述べていたようなのだけど、例えば我々のような種類の人間が、何かを設計してそれが実現したりしなかったりするけれど、それが例えば国立競技場のようなものであれコンサートホールのようなものであれ、建物には"寿命"があり。うちでやっているロゴにしても、その会社が例え創業から100年続いたとしても100年で幕を閉じたとすればそのロゴのお役はそこで終わりもする。


建物で言えばながら、それがピラミッドのようなものや、はたまた伊勢神宮(ご存知の方はご存知、こちらは20年に一度で物質的には建て替わるけど)のような非常に希少性の高いものでもない限り、作ったものには寿命が来る訳で。


そこでじゃあ、まぁ遠大な視点に立って考えた場合、何が残るのか?と言えば、最終的には、「コンセプト」つまり「設計趣旨」、「概念」、それが作られた根拠のようなものとでも言えばいいのか、そういうものになる。或いは最終的にはそういうものしか残らない。と思っています。99.9…%は。


なので、「文に化して」それが何なのか、何だったのかを毎度わりとしっかり記す…というのは何か大袈裟もいいところではあるけれど、書いています。


モノによっては、見た目だけでは分からないコンセプトや、あー、あと「意図」ですね。「意図」が込められているものもあり、やたらと複雑だったり難解にすればいいというモノではないけれど、料理で言えばしっかり出汁を取ったり隠し味を込めているものもあり。


そんなこんなを自分はかなり〜少なくとも少しは大切にしている方。これからもしていくだろう。という話でした。建築(デザイン)は見た目に見えるカタチだけで出来ている訳ではないので、文化的な何かで気になったり好きな作品などがあったらそれはなぜそうなっているのか?


つまりどういったコンセプトのものなのか?まで見たり探ったりすると、より文化全般を楽しめると思うので、享受する側の方々には、併せて楽しんで頂けましたら。


(ピカソのあの「訳のわからない絵」って何が凄いの?は、単体で言える訳ではなく、これは絵画の歴史に関わることながら、調べれば何が凄いのがはわりと簡単に分かったりもすると思いますし、「現代アートって意味不明」。なのも、紐解くとなるほど!が隠されていたりするので、推理感覚で見たり触れたり考えたり、何故なのかを調べたり、作家さんがいるような場合はそれを聞いたりするのも芸術の楽しみ方です。)


武術(剣術)の『五輪書』やビジネスのバイブル的な立ち位置の『孫子の兵法』などもあるので、この世の全ては文化に通じると言えるのかもしれませんが。


ではでは、今回はこのくらいで!


Thank you for reading.

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